先日、大学構内の学習室で復習をしていたら、日本語を勉強しているベトナム人女性が目の前に居た。
この大学に来てから3ヶ月が経過するが、日本語を勉強しているベトナム人に出会ったのは初めてではないかと思う。
つい、嬉しくなって話しかけた。
そのベトナム人女性は中級レベル(?)の教科書を勉強していた。(一年間日本語を勉強しているとのこと)
つい調子にのって「分からないことがあったら聞いてよ」などと言ってしまった。
そしたら彼女は教科書を出して、「・・・信号が青だろうか緑だろうか・・・」の「だろうか」がよく分からんと言う。
いやー、調子に乗って言うもんではありませんな。
それから、その「だろうか」について説明をしたつもりですが、突然の質問には充分な答えにはなっていないでしょう。
彼女は分かっただろうか。などとオヤジのダジャレを言ってる場合ではありません。
ところがその彼女とは話し終えた頃に、隣の席のベトナム人女性が話しかけてきました。流暢な日本語ではないですか。
日本語が上手なので何処で勉強したのか聞くと、今でもこの大学で勉強中だが、この大学の卒業生で大手日系企業に勤めていたとのこと。
何故か、今もこの大学で日本語の勉強中らしい。
話しが弾み、お互いに自己紹介をしていたら、私が昨年勤務していた日本語学校に友達がいると言い出した。
その友人の名前を聞いたら、私の友人と同一人物ではないか。
え!本当ですか?
そのベトナム人女性が説明する友人は私の友人とイメージが一致するのです。
世間は、いやベトナムは狭いな!
と感心、いや驚きでした。
実はその友人とやらに私は先週に会ったばかりでした。
宿に帰宅してから、電話でその友人に確認しました。
てっきり「ホーチミンは狭いね!」と言われるかと思いきや、「知りません!分かりません。」の返事。
えー!その友人だと言うベトナム人女性のベトナム語の名前を繰り返すのですが、私の発音が悪いから分からないのではないとのこと。
心当たりがないということです。
「そうなんですか!」と私はがっかりです。
別に、分かったからどうこう何もないのですが、何かがっくりです。
「今度会ったら写真を撮って送って!」が友人の声。
こういう時に、わたし的な感じでは「知らないと言ってます」とそのベトナム人女性に言いにくいのです。
「貴女を知らないと言っているので証拠写真を撮らせてください。」などとは言えませんよね。
「ベトナム語で分からないことがあったらいつでも教えますよ」と言ってくれてるので、近いうちに会えるのですがどう切り出したもんですかね。
「友人」が聞き間違いで「知人」程度のことだったのか、友人が忘却されているのか?
はたまたベトナムでは「友人」の概念が違うのか?
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