2008年11月30日日曜日

食べないで!/食べません。/Bとの関係

[南の島] ブログ村キーワード

 二週間も南の島への旅に付き合ってくれたBとの関係について書いておこう。

Bはベトナム語のクラスメイトだった。
日本語ができるので、すぐに色々と話すようになって行った。

英語もできるBは私が理解できないところをいつも説明してくれた。クラスでは教師の説明は英語でされるので、英語の苦手な私には理解できないところが多かったが、Bにはいつも助けられた。

クラスメイトではもう一人Rという女性もいるのだが別の機会に話そう。

しかし、Bは当初からベトナム語教室は面白く無いと言っていた。特に発音については苦手な様子だった。

Bは一方で、日本語の勉強を継続中だった。12月始めに行われる日本語一級検定試験を受けると言い出した。すでに韓国で一級を受かっているのに、再度ホーチミンで受けると言うのである。

何故?と聞くと、韓国では常に新しい資格を要求されるからとのことだった。

という訳で、日本語の勉強を毎日しているとのことだった。
ベトナム語の勉強もしながら日本語の勉強も行うBには脱帽である。

だから、Bは私に日本語の質問をいつもしてきた。
いつの間にか、私はBの日本語の個人教授の教師のようになっていた。

私も忘れかけている日本語を思い出すことで刺激になっていた。

Bは日本語は面白いがベトナム語は面白く無いと言っていた。

南の島へ行く事になった時に、Bと約束した事がある。
Bが「私を食べないでください」と言うのである。
私はもちろん「食べません」と答えたのだが、他人が聞けば変な会話であろう。

Bは「男の友達は居ない(彼氏はいても)、男と女は体の関係ができると友達ではなくなってしまう。」と経験上から言う。

私は多少異論はあるが、うなづくのであった。

と言う訳で、南の島への旅は始まったのである。

いざ、旅に出かけると、若いBの肉体を目の前にして刺激的なこともあったが、もう若く無い私の肉体と神経はその刺激にまけるようなことは無かった。(喜んで良いのか悲しんで良いのか・・・)

Bと生活をしていて感じたことは、彼女は亡くなった父親に強く影響を受けていたらしいことだ。
ことあるごとに父親の話しが出てきた。

未だに短パンとノースリーブのシャツで闊歩するのも父の影響が感じられる。

いや、彼女はファザーコンプレックスだと言った方が良いだろう。

一方、母親との関係は小さい頃からうまくいってなかったようである。

私との関係も、Bには父親の事が無意識に影響しているのではないかと思っている。

私には、息子はいても娘はいない。
ふと「こんな我がままな娘がいたら・・・」と思うこともあった。

そのBも、もうすぐ他国へ旅立つ。
前に相談を受けた、元彼の所へ行くのである。
Bの将来に幸あれと祈るばかりである。


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2008年11月29日土曜日

終った!/終章編

 彼はホーチミン市に帰った夜、家電店で携帯電話を購入して早速南の島の彼女に島で世話になったお礼を込めてメールした。

その翌朝に、新しい携帯電話で電話した、アローアロー・・・、
彼女は何か早口で一方的に話して電話は切れた・・・。

言葉の意味は分からないが、相手の反応など関係なく一方的にしゃべって終わり!!

何かが違う?!

この二週間、心の奥底で引っかかっていたものが突然に出た様な気がする。

彼女の二面性!?
何か分からんが、もうこれで終った!

彼はそう感じた。ゲームアウト!!

(後日、Bもお礼のメールをしたが返信は無いとのことだった。)



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2008年11月28日金曜日

飛行機に乗れません!「そんなバカな」

[パスポート] ブログ村キーワード

11月22日土曜日、朝6時過ぎに空港に着き、Bが荷物を預ける手続きを済まし、時間になったので搭乗口のチエックを受けたら、担当の女性がパスポートのコピーでは搭乗できないと言い出した。

「そんなバカな!だから昨日も航空券を購入する時にも確認してるし、さっき発券の時にもOKだったではないか!!」


このことを繰り返して言うが、頑としてその担当の女性は「本物のパスポートが無いとダメだ!」と言い張る。

Bはエキサイトして抗議をするが、ダメだの繰り返し。

責任者を呼べ!


出て来た男性も同じことの繰り返し。

そのうちに、昨日までは良かったのだが今日からダメになったなどと言う。?

今日、政府の役人が来て、急にそういう指令が出た。
などと言う。

国内線でどこにパスポートを見せければならない国があるの?!とBは怒り出す。
テーブルを叩いて抗議するも、変わらない。


そのうちに、飛行機が飛び立つ音がする・・・。

チケットのキャンセルに応じるが、Bの分は10%引きになるなどと、この場になっても硬い姿勢をくずさない。

何と言う国だ!!サービス精神はゼロどころかマイナスだ!

仕方が無いので、チケット購入したベトナムエアーラインの事務所に行き、再び話す。

結論から言うと、事務所の職員は、HCMの宿にあるパスポートを何便もあるHCMからPQ行きの飛行機で運んで乗る方法を提案する。

至急HCMの空港までパスポート届けてもらえば、責任を持ってPQまで届くようにすると言うのである。

もうこれから船便に変えても、HCMに着くのは早く深夜である。飛行機なら午後3時過ぎの便に乗れる。

提案を受ける事にした。すぐに宿に電話して手配する。午前11時過ぎにはHCMのVNエアーラインの職員に届けたと電話があった。 やれやれ。これで今日中に帰れる。

3時の飛行機まで時間があるので、ユードンの町まで行きアイスクリームカフェで休む。

そこのオーナーはオーストラリア人の若い男性で、ベトナム人の女性と結婚してこの島に住んでいる。(奥さんはお腹が大きかった)

この島の感想を聞くと「毎日がキャンプ生活だよ!」と言う。
停電は良くあるし、病院も良く無い、まだまだこの島は不便で貧しいとのこと。

でも、いろんな開発をしているから、2〜3年後には良くなるかも?!

そのオーナーの話しで、今日この島にベトナムの首相がやってくるらしいとのことだった。

そうなんだ、それで急に厳しくなったのだ!!!
パスポートは無事に着いて、飛行機で帰る事ができたことは言うまでもない。

その飛行機からメコンデルタを写したのだが、生憎の曇り空で今ひとつ鮮明な写真ではないのが残念である。

二週間ぶりのホーチミンは相変わらず、バイクが多く、人も多く、騒音も大きかった。言い換えれば活気があると言うのだろうか。

この島で暮らそうか!

 
 二週間の滞在も明日にはHCMに帰ることになった。

もうこの島ともお別れかと思うと少し感傷的になるが、しかし近年にない贅沢な旅になった。

それは金銭的にではなく、一日中ゆったりとビーチで時間をつぶすような生活を二週間もできたことである。

Bもこんな贅沢な旅行は初めてだと言っている。
Bにとっては金銭的な面でもそういう思いがあるらしい。

当初、若いBと宿を共にするのは不安もあったが、多きな問題もなく楽しい二週間であった。

もし、一人で来ていたら、寂しい時もあったろうがそんな気持にもならなかった。

ただ、後悔と言えば、ベトナム語の復習をするつもりがしなかったことである。

と言う訳で、最後の夜は彼女とBと3人で最初に会ったレストランで一緒に食事をした。


HCMと違ってバイクが少ない、騒音も無い、空気も綺麗だ。
この島で住みながらベトナム語の勉強をできたら良いなと話すと、Bも「HCMに住まなくてこの島で住んでいたらベトナム語がもっと上手になっていただろう」などと言い出す。

彼女も、もし本当にこの島に住んだら責任を持って支援をする、と言う。
心が揺れ動く彼であった。

南の島の夜は静か暮れていった。

外からは色んな虫の音が聞こえて来る。
遠くからは船の音がする。
時々お寺の鐘の音も聞こえる。
何と静寂な夜か。
風が通る時の草木の葉がすれる音がしている。

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2008年11月27日木曜日

ナイトマーケットには気をつけろ!

フーコック島のユードン町の通りの一角で夜だけ営業している
飲食店やお土産物店が並ぶ所がある。ナイトマーケットと呼んでいる。

そのナイトマーケットである店の入り口で貝類を店頭に飾り、鍋でぐつぐつと煮ている貝があったので値段を聞くと大きな貝なので一皿に2個で3万ドンだと言うので一皿注文して彼女達の来るのを待っている。

やがて2人もトイレから帰ってきたが、もっと違う場所の店が美味しく知り合いがやっていると言うので、その注文した分だけで移動することにする。

やがてその貝が一皿出てきた。初めて食べる味だったが、サザエの様な美味しさは無かった。

取りあえず、食べ終わって勘定をすると一皿35000に伝票はなっている。飲み物もメニューよりも1000ドン高い!


最初に私が値段を聞いた女性の店員に「貴女は3万ドンだと言った」と確認をする。その女性は私には分からないベトナム語で彼女に何か言っていたが結局請求額の訂正をした。

「この外国人が聞き間違ったのだ!」ぐらい言ってるだろうが
値段の聞き間違いはしていない、二回も聞き直したのだから。

まったくこれだからベトナムは油断できない。
こういう風に外国人を騙してきてるのだろう!と帰り道で呟く・・・。まったく!

Bが「私だったら向こうの言い値で払っていたかも知れない」と言う。
おいおい、冗談じゃないよ。値段にシビアなBがそんなんではどうするんだ。
と言うのだが・・・。

先のセオムの件ではないが、たかだか5000ドンや1000ドンをごまかして、ベトナムやフーコック島、ナイトマーケットの信用を落としてどうするの?
と言いたい。

しかし、馬耳東風、馬の耳に念仏か!

次に行った店では、赤貝やイカの焼き物や野菜などを食べる。
会話も弾み楽しいひと時を過ごすことができた。

フーコック島は外国人観光客でもってる島だと思うが、その外国人には冷たい一面がある所だと思う。

今日、Bと市場を廻っての感想「売り場のベトナム人の表情に笑顔が少ない。恐い表情の特に目が恐い様な気がする。」


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「Xấu quá」サオ ワは禁句!


11月19日
海水が急に綺麗になってきたのに驚く。
透明度がましてきた。
想像するに、ビーチは湾ではないので海流が海岸まで流れていて綺麗になってきたのではないかと思う。

最初に来た時には海水はもう少し温かく透明度が悪かったような気がする。
今は海水の温度は冷たいような気がするし、海水は一定方向に流れているのが感じられる。

その綺麗な海水が押し寄せる海岸で10時ごろから1時過ぎまで泳いだ。
Bは2~3日前から体を浮かせる事ができるようになって喜んでいる。私も泳ぎは苦手な方で長時間の水中浮遊はできなかったが、ここに来てできるようになった。

水中で仰向けで青い空を眺めているとなんとも言えない至福感に浸れるのである。
南の島でこんなに贅沢な時間を過ごせるなんて最高だ。



午後4時頃に彼女が飛行機の切符を購入する為に私たちを迎えに来てくれた。
彼女は私たちの内の一人を迎えに来たのだが、Bと相談の結果2人で町へ行ってその後に市場で買い物をしようということにしたので、ホテルから大通りに出てからセオムを拾って行く事にした。

セオムがいつも屯している所に行き交渉すると、最初に飛行場へいくと言ったので3万ドンだと言うのである。今日ホーチミンへ行った隣の部屋のドイツ人は2万ドンで行くと言っていたので、2万ドンにしろと言うが25000ドンまでしか負けない。

それだったら高いので、途中でセオムを拾おうとBと彼女はバイクに乗り私は歩き出す。

しばらくしたら後ろからセオムが声をかけてきた。
幾らかと聞くと1万ドンと言うので乗る。
Bに電話して途中で待つように言う。
追いついてから、行き先を正確にセオムに彼女から伝える。
そしてまた走り出す。

着いた所はいつも買い物に行く市場を少しだけ先に行った所にあるベトナムエアラインの事務所だった。

セオムに一万ドン払おうとしたら、15000ドンだと言う。
最初に一万ドンで話しをしただろうと言うと、途中で彼女達にあった時にセオムが15000ドンだと言ったらしい。

そんな話しは聞いていないと私は語気を強めて言うのだが彼女が話しをしてしまったので仕方ないと言う。

それでも私がこだわっていると彼女が5000ドンを出そうとするので、それは止めてセオムを睨んで「そんなことは私に言え!」と言いながら払う。言っても仕方ないことだが・・・。
セオムはどこでもしたたかだ。

ベトナムエアーラインで切符の購入をするが、当初の予定の土曜日の朝の便は平日よりも割増料金で高い。どうするか一瞬考えるが、一日でも多くこの島に滞在したいので当初の予定通りに土曜日の朝の便でホーチミンに帰る航空券を買う。

その後、近くのカフェでココナッツジュースを飲みながら3人で話す。
彼女の話しでは、来る時に交渉したセオムのリーダーはその界隈では札付きの悪らしい。

値段交渉の場面でBが言った「Xấu quá」サオ ワという言葉はベトナム人が言っても相手に悪い印象を与えて揉める原因になるので、外国人は使わない方が良いと注意をされる。
(Xấu quá:悪すぎる)
(注:先にXấu quáのXấuをSấuと誤記表示しましたので訂正しました。11/28)

禁句なのだ。

特にあのセオムのリーダーは評判のこの地域で悪い人間なので恐いとのこと。

そのセオムは「彼らはお金を持っている外国人なのに何で5000ドンぐらいでこだわるのだ?」と彼女に言っていたらしい。
(ふと、ガイドブックにこの島でセオムによる外国人女性への乱暴事件が起きてるので外国人女性のセオムの一人乗りは気をつけるようにと注意が載っていたのを思い出す。もしかして彼らが・・・。)

セオムの反応はある意味ベトナム人の常識かも知れない。
一方で値段に敏感過ぎるくらい神経質なBはストレートに反応するので、ベトナム人には刺激的なのかも知れない。お互いに気を付けようと話す。

B、「貴女は物質文明の申し子だ!」


デマルケさんに借りていた本を返そうとしたら、日本のテレビ局が報道作成したビデオがあるので見るか?と言われて観ることになった。

3部構成で一時間半の物だ。
自宅に訪ねて鑑賞する。途中でCDレコーダーがおかしくて先送りなどができなくて、3部構成の物が途中から再度1部から見ないと観れないようになって、お互いに気まずい雰囲気になったりしたが、娘さんのアドバイスでもう一枚のCDで後半を観ることができた。やれやれ。

後でBは、私がレコーダーを触ったので調子がオカシクなったと勘違いしたようですと言っていた。

そういう風に「勘違いが多いのがマイケルさんです!」とBの発言。本の内容もそうだと言いたいらしい。

たしかに、CDレコーダーの調子が悪いので、リモコンらしい物が棚の中にあるようなので、それを見ても良いかと何回もマイケル氏に聞くがOKは出なかった。

マイケル氏は機械に弱い頑固オヤジなのだ。

番組の最後のデマルケ氏の人類への警告はBも納得すると言っていたが、只デマルケ氏が宇宙体験したことは「勘違いでは無いか?」と厳しい反応だった。


このデマルケ氏の本を読んでから私はBに「貴女は物質文明の申し子だ!」と冗談で言っていたが、その思いは本気になりそうな気がしてきた。
デマルケ氏の説く、今の人類の物質文明偏重への警告はBにはなかなか理解できない様子だ。


しかし、写真のようにマイケル氏は只のお爺さんにしか見えない。

「人間が宇宙旅行すると肉体的にはかなりのダメージがあるらしいが、それがマイケル氏にあるかどうか?」と氏の裸の姿を思い浮かべながらBに話すと、Bは独特の高笑いをするだけだった。(私はそれを馬鹿笑いと言うのだが)


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ビーチのレストランで楽しく!

 彼女と連絡ができなくなった。
原因は携帯電話を職場に忘れたからとのことだった。

つくづく今は携帯電話が無いと不便な時代だと知る。
何はともあれ、再び彼女がホテルに訪問してくれた。
ビーチ沿いのレストランで3人で楽しく食事をしながら話す。
この島の生活が楽しいので(遊びだからね)一年ぐらい住んでみたい。周りはベトナム人ばかりで日本語を話す環境は無いからベトナム語が上手になるかななどと他愛も無い内容だ。
前回と違い、彼女も打ち解けてきたような雰囲気だ。
Bも後で、「前と態度が違いました。」と話していた。

ただ、話しの内容はお互いのベトナム語と英語の会話能力の足りなさで、そう深まるものでは無かった。

B曰く「彼女は私の話す英語をあまり理解できていない。」とのこと。

何故か、彼女はドイツ語を勉強したいと言っていた。
この島に観光で来る外国人はドイツ人が多いらしいので、その影響か?

和やかな雰囲気でこの日は3人が話すことができて彼も満足であった。

彼女の帰りは町の中心街に一緒にバイクに乗り、彼はセオムでホテルに帰ってきたことはもちろんだ。


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インターネットができない!

[インターネット] ブログ村キーワード

今日は土曜日の11月15日
早朝にまだ外が暗い時に目が覚めて、ベランダでしばしハンモックに揺られる。
遠くでお寺の鐘の音が聞こえる。鶏の鳴き声、鳥の鳴き声もする。
お寺のモクギョウをたたく音がかすかに聞こえて来る。
まだ空は暗い、静かだ。
しばらくベランダでハンモックに揺られながら物思いに耽る。



二度寝をしてBの声で目が覚めたのは朝の8時頃だった。
Bは早速「何を食べますか?」と聞いて来る。
まず食べ物のことから一日が始まるのがBの行動パターンである。


(写真のジョギングしてる女性はBではない。島に来る前は「毎日ジョギングします」と言っていたが一度もその姿は見ていない。私のベトナム語の勉強と同じだ。情けない。)

昨日市場で買った粉末野菜ジュースの様な物を飲むが水で薄めすぎて味が無い。豆乳もそうだった。
これではダメだ。あの婆さんの店ではもう買わない。
愛想の無い表情をしていたのを想いだす。ベトナム人女性は歳を取るにつれて笑顔が無くなるな!などとBと憎まれ口をたたく。



Bはラーメンを一つにしますか?二つにしますか?と聞くので「一つ」と答えると不満そうな顔をしている。

昨日買ったコーヒーを飲もうと、オーナーの娘にフイルターとカップを貸してくれるように頼むがフイルターは無いとのこと。
「エー!」
それではコーヒーが飲めないよ!

「Bどうしてくれる!君が絶対にホテルにあると言い張るからだ!とBを責める。

Bは責任を感じてか、自分のシャツを出して「もう捨てようと思っていたから・・・」とフイルター代わりに使うように言う。
この際。もったいないがカムオン。

朝の飲むコーヒーは格別だった。

しばらく休憩してから、近くのビーチ沿いのネットができると書いてあるカフェに行く。
看板には15分間1万ドン、60分間3万ドンとある。
高いなと思いながら、店で聞くとラップトップパソコンで使うのは無料だとのこと。
よし、と思いながらMacを立ち上げてネットに繋げようとするがインターネットができない。

店員に聞いても、良く分からないが時々ネットは使えないことがあるとのこと。
そうかも知れない、ここはベトナムだ、ましてや孤島である。
朝方携帯電話のメールもBが送信できないと言っていたが、それと関係あるかもしれない。
仕方ない。

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2008年11月26日水曜日

宇宙の旅の体験者だった!オーナーは/不思議な話し

[宇宙旅行] ブログ村キーワード
 
このホテルの実質のオーナーのマイケル氏は本を書いていた。
その本がとてもユニークな本だ。自身の宇宙旅行体験を書いたものだ。

日本でも出版されている。驚きだった。
私が日本人だと知って、マイケル氏はその本を貸してくれたので三日かけて読んだ。

その本の日本語版を借りて読んだ。
その内容は人類の始まりからアトランテス大陸などの話しが出て来る膨大なものだ。


キリストの誕生の事から死後までの話しも出て来る。
またキリストは日本に行っていて東北地方で死んだという説も出て来るから、にわかには信じがたい話しである。

ムータ大陸が大昔実在していたとか、その子孫が宇宙の他の星で進化して実在していてマイケル氏は会ったとか、話しは大きく広がって行く。

彼を宇宙に招待した宇宙人たちは、今の地球の文明は物質文明に偏り過ぎている、もっと精神文明を大切にすべきだと警告している。

そのことを地球人に警告し伝えることをマイケルに託したのである。
そのために使命をおびたマイケルは本を書いたのである。

本の内容を少しBに話すと、「それはマイケルさんの空想です」
「マイケルさんはたくさんの本を読んでいます。ですから読んだ本の内容を夢の中で見たのでしょう」
と言下に切り捨てる。

自分は読んでもいないのに「私は信じません」と即座に宣うのである。


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10年前は2000ドルだった!/ホテルの敷地

 Bがオーナーの女将さんから聞いた情報:ホテル名:PHU QUOC BUNGALOWS  Thanh Kim Nga(Thanh Kim Ngaは女将さんの名前)

この土地500ヘクタールは10年前に2000ドルで購入した。隣の土地400ヘクタールも買った。資金はフランス人の主人が出した。

Bは「安すぎる!」を連発している。
10年前にフランス人のマイケルがHCMから北へ行った所のナチャンと言う町に来て出会った。最初は姉の知り合いだった。マイケルはナチャンに4ヶ月住んで付き合ったが、最初は英語も出来ないので言葉は通じなかった。

4ヶ月目に初めて家にマイケルを泊めた。父親と一緒に寝た。
6年前に今のホテルを開業した。

10年前は40過ぎだった。マイケルは60過ぎ。

今は主人のマイケルをとても愛している。
結婚当初は若かったこともあり、マイケルは私の行動をチエックしたが今はそんなことは無い。


この話しを聞いて、「さすがマイケル!」と私は声を上げた。
10年前は2000ドル!今では幾らだろう?
Bは何回も安すぎる!と言っている。10年前の事だよ。

私もマイケルに負けないように、夢をもってベトナムを歩いてみよう。



マイケルの話しの続き

バンガロウの建設の費用は約150万円。
この土地は昔は運動場だった。
ビーチ沿いではないので安かった。

バンガロウの設計は自分が行った。


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市場のネエちゃん達とデイト!

 夜6時にセオムにホテルまで迎えに来てもらいユードンの町へ出かける。
7時に市場の娘達と約束があるからだ。
(実はこの島に二ヶ月前に来た時に偶然立ち寄った市場内の衣類用品売り場の娘達で、一緒にお茶しようと言いながら実現しなかったのである)

時間が早すぎたので、ナイトマーケットを散策して見る。サングラスは10万ドンで売っている。
昼の市場では8万ドンだった。高い。マックワ。

約束の場所に行くにはまだ早いので途中でベンチに座っていると、セオムのおじさんが声をかけてくる。歳は幾つだと言うので適当に答えると自分は52歳だという。家族は6人だったかな?他愛も無い話しをしてバイバイをする。

7時よりも少し早いが約束の橋のたもとに行く。

しばらく待っていたが7時を過ぎても来そうもないので、カフェの椅子に腰掛けてカロットジュースを注文する。
20分くらいたっていただろうか、ヨンという女性がバイクの後ろに乗って来た。

同じテーブルに座るが、最初は落ち着かないようでどこかに電話したりしている。
いつものように指さし会話帳で簡単な会話をする。家族は6人だったかな?兄と妹が居るらしいが、さきほどバイクを運転していたのがそうかな?

少ししたら、市場で見た若い娘がもう一人の女性と来た。
夫々、飲み物を注文しながら、指さし会話帳で他愛も無い会話をする。
若い娘は恋人は居るが、金が無いので結婚していないとのこと。
私とヨンに付き合ってデイトしろと言う。

ヨンはそういう時には何か恥ずかしそうな表情をする。

しばらくしたら、ヨンがお腹がすいたと言う。近くに食べに行こうと言う。

少し4人で歩いて行くと、通りを入った所に麺の店があった。
ブンミーとか言っていたが、正確な名前は分からないが美味しかった。
4人で8万ドンなり。

帰りは橋のたもとにいるセオムに乗る。彼女らが1万ドンで交渉してくれた。
来る時は15000ドンだったが、ベトナム人は安いと言うよりは外国人が高いのだ。
でも、ホテルに着いたらセオムは夜だから1万ドンは安い、もっとくれと言うので、2000ドンだけ追加で払う。
それでも不満そうだったがほっといてホテルに入る。


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100回会えば信じられる?


11月14日
今日は最高の天気。風もない。
あさ、Bとラーメンを食べる。
10時頃歩いてユードンの町へ行く。途中、トラックや大型の車が通ると砂埃が舞って息苦しくなる。こんな道を歩くのは日本では記憶に無い。

ユードンの町に入り、ヌックミアを飲みたくなって一軒の店に値段を聞くと5000ドン、高い!
この前に来た時に飲んだ店は3000ドンだったので、その店に行くとやはりそうだった。

Bは歩きながら飲むと言うので、そんなに急いでる旅でもないのにゆっくり座って飲もうと言う。
この島で初めてのヌックミアを飲む。
Bは彼女にメールをすると言うので、送ってもらう。
内容は「貴女が『二回しか会っていないのに信じられない!』と言った言葉は悲しかったです。
人間、100回会っても信じられない人は信じられません。」

Bは自分の英語力では、翻訳が難しいと言いながらも送信してくれた。

ゆっくり、休憩した後に市場へ向かって歩き出す。
Bは反対方向に向かって「こちらでしょう」と言う。相変わらずの方向音痴だ。

市場に着いたら、早速Bの目の色は変わっている。特に食べ物には異常な食欲を出すBである。
私は一人で果物を見て歩く。

Bはスイカやバナナ、お菓子などを買っている。
スイカは重いから私に持ってくれと言う。相変わらずの我がままお嬢様だ。

とにかく食べ物にはどん欲なBである。
食べ過ぎては、いつもお腹が痛いと言っている。
目の前の食物を食べきるまで終らない、病気だ!



それぞれが買い物をして重い荷物を持ちながら、いつもの湾が見えるカフェでコーヒーを飲む。

私はカフェダーを注文したが、出て来たのはカフェデンのホットでぽたぽたとカップに落ちるのだったので「カフェダーを注文したよ!」と言うと店員はキョトンとしている。私は間違ったと思ったのだが、そうではなくて後で氷の入ったグラスが出てきた。私もまだ修行が足りない・・・。

Bはセブンアップのサイダーを注文したが、瓶とグラスが出てきてから値段をきいて11000ドンと聞いて高いからいらないと言い出すのである。

瓶のキャップはすでに開いている。
さすがに私も呆れて、「注文する前に値段を聞いたら分かるけど、出て来てからでは
ムリだろう、支払いは私がするのだから文句言わずに飲め!」と怒る。

Bはむすっと黙ってしまう。
ほんと我がままなBだ。


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二回しか会って無いのに信じられない!?

11月13日
 朝、昨日のように快晴だが、風が少し強い。
彼女からメールで「職場は昼休みは15分しかない。今晩6時にホテルに行きます。」と返事あり。

夕方6時前に、Bと2人で「もうすぐ彼女は来るかな?」と話してるとBは「どうせ30分は遅れる!」と厳しい反応。

私がパソコンを使ってると、Bが写真を見たいと言い出して、
色々と記録してる写真を見ていると時間が経過してしまった。

部屋の外で声がするので出てみると彼女だ、しまった!
6時にきて門の前で15分くらい待っていたらしい。

Bと2人で謝る。
彼女の表情は心なしか硬い。

アタフタと部屋に迎え入れる。

前回会った時にはBがもっぱら話してたので、今日は私がベトナム語で簡単な自己紹介などを話すことにして、ノートを見ながら話す。

私がベトナムに来た経過などを話して、彼女の家族状況などを聞くが、何故か表情は硬いような気がする。
門の前で待たせたのを怒っているのか?とも思ったが分からない。

2人の会話は今ひとつ乗らない。

彼女が理解できないベトナム語で話すので、Bに英語で話すように助け舟を頼む。

彼女の発言の内容は「二回しか会って無いのに信じられない!?」のような内容らしい!

え!何?!それ。いまさら何を言う!

私の表情は一瞬止まった!
(後でBは「顔の表情が硬くなった!」そりゃそうでしょう。)

残念ながら、それからは会話は進まないのでBにバトンタッチ。

私はベランダでハンモックに揺られて物思いに耽っていた・・・。

そのうちに、Bとの会話も打ち止めとなり9時頃になったので彼女はバイクで一人で帰って行った。

Bは私が冷たいと言い出した。
「何で?」と聞くと、「夜の道は暗くて危険だから一緒にバイクに乗って町まで行き帰りはセオムで帰ると言っていたでしょう?」

そうだったけど、いきさつでそういう雰囲気にならなかったから仕方ないよと突き放す。

と言う訳で、島に来て二回目の彼女との面会は後味の悪いものになった。

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彼女はドタキャン

[ビーチ] ブログ村キーワード
11月12日
今日は彼女が休みの日だというので朝からホテルに遊びに来ると約束した日だ。
しかし、朝7時頃にメールがきて、今日は職場の友人が急病なので代わりに出勤になったとのこと。
残念。


期待していたのでガッカリと同時に気が抜けたような感じだ。
心の何処かで疑いの気持ちも少しあるが打ち消す。

天気は今までに最高の天気で雲一つない青い空だ。
午前中はビーチに出て軽く泳ぎ日なたボッコをする。

午後は日差しが強くて肌がひりひりするくらいだ。

Bは今まで出来なかったのに、浮くことが出来るようになった。急速な進歩だ。



夕方から市場へ買い物に行く。
途中でセオムに乗るが12000ドン。


市場のいつもの衣類売り場の娘達に会いに行き、今夕にお茶しようと誘う。
今日は都合が悪いので明日にしてと言う。

その後、買い物をするが、時間が遅くなったので一部の店は店じまいをし出している。
5時になったらどんどん閉店の作業を始めた。

Bからの要望の品物は半分も買えないでいる。少し焦りが出て来た。
暗い夜の町を歩いていると、だんだん心細くなりだして、外国人にはやはり一人で生活することは冒険過ぎる、恐い様な気がしてくる。

途中でいつもの海が見えるカフェでカフェデンを飲みながら休憩する。
その後、前回に来たパール製品の店の女主人に話しをする。

40歳でお腹に子どもができたと言う。
すでに19歳の娘がいると言っている。
随分はなれた子どもだ。


ホテルに帰るとBが寂しかったと言っていた。

彼女からメールで
「今日彼は何をしていますか?」とあったらしい。
その後「彼は私に会いに来たのではないですか?

とあったらしい。

今更何を言っている。決まってるではないか。彼女の心理状態が分からない。

私が帰ってから「私は貴女に会いに来たのです。今日は会えなくて本当に悲しい。
毎日でも会いたいのに。いつ会えるか連絡ほしい。」とメールする。

その返事がないので、夜10時過ぎに電話するが出ない。
メールで「私は貴女に会いにPQに来ています。毎日会いたいです。
明日は職場に会いに行くので昼休みはありますか?」とメールする。


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2008年11月25日火曜日

Rと連絡がつかない!

 この島に来る時には、クラスメイトのRが当初は一緒に行ってくれると言っていた。
日常のベトナム語会話ができるRが同行してくれたら頼もしい限りだと彼は思っていたが、出発直前に3ッ日ほど遅れて行くと言っていたのだが「実は行くほどの価値があるかどうか迷っている」と彼が電話してから、南の島に着いて連絡をしても音信不通になっているのである。

何がRにあったのか?心配だ。

Bも心配している。

彼はRの来島を心待ちにしているのだが・・・。
Rは賢い女性である、感も鋭いのでこの島の彼女と対面したら、どう反応するか期待しているのだが、このままだと実現できない可能性が出て来た。

彼がこの島に来て、携帯電話を無くしたのもついてなかった。
何件かは携帯電話でしか記録してない番号もあるのである。

この島の彼女にメールするのにも、Bの携帯を借りてするのだが、ベトナム語で書けないので不便だ。

また、直接に彼女と電話できないことも、相手にどう思われているか心配だ。

それと、彼単独ではなくBと同行していることに関して彼女がどう思っているかも気になるところだ。

ホテルの部屋は同室だし、Bはルームシェアと言っているが?

彼女が訪ねて来たらどう思うかな?

などと気になる彼であった。



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Bの恐るべし食欲!/南の島:旅編


 Bと色々と話す時間があったので、彼女の性格がだんだん分かってきた。
目の前に食べ物があると全部食べないと気が済まないらしい。
我慢ができないらしい。

それで昔は太っていたらしい。
オーストラリアで彼氏と住んでいる時にバナナを一箱分青いままで4日間で食べつくしたことがあるとのこと。(熟したら食べる為に保存していた物)


青いままでは渋いので、炒めて食べたとのこと。(料理はできないが、そういうことはできる)

この島の一番の町はユードンというのだが、その中心街に夜だけ屋台をオープンしている通りがある。

そのナイトマーケットに行き海老の焼いた物を食べる。
3万ドンなり。あまり新鮮では無い、材料代をケチったなと思う。値段もあまり安く無い。


帰りはセオムで帰る。当初は2万ドンと言うが15000ドンに値切る。

彼女に会う!/ある恋(yêu)の物語

 11月10日、約束の5時半より5分くらい早くユードンの郵便局に早く着いた。
待つこと10分、まだ彼女は現れません。
Bが「遅い」とイライラし出した。

まー、まーとなだめながら20分経過した頃に電話をした。
「これから行きます。10分待って。」からメールで10分経過した頃に「これから行きます」と連絡が来た。
Bは「信じられない!」と怒りの表情。
それから待つこと20分くらいか。

Bは怒った顔でベンチに座っている。

ようやく彼女は現れた。約束の時間よりは1時間は経過していただろうか。

Bは初対面なので自己紹介している。

どこか食事をしながら話しをしようと言って、彼女に海鮮料理の店をどこかないか聞く。
遠いのでバイクで行かなければならないがヘルメットが無いので、彼女が何処かへ取りに行く。
その後一台のバイクでレストランまで彼女のバイクで連れて行ってもらう。
先にBが行って、次に私が行った。
そのレストランは郵便局からは3キロ位はある所だった。




海鮮鍋を注文。イカの蒸したのも。
食べ終わってから、Bがまだ食べたいと言い出した。

始まった!食べても食べてもきりがないB!!食癖!!
(これからもそういう場面は出てくるのだが、目の前に有る食べ物は全て食べ尽くすという恐るべきBの食癖)

もう満腹だよと言うのだが、聞かないB、では貝を食べようと蛤を注文したが無いので別の名前の分からない貝を一皿食べた。

あっと言う間に皿の貝は無くなった。

その時に、レストランの倉庫らしき所から火が吹き出てちょっとした騒ぎになったと思ったら急に電気が消えた。

どうやら電気配線から火が噴き出したらしい。

各テーブルにロウソクが出て来て「ロマンチックね!」などと何事も無かったかのように、食事は進められた。

彼女と私の会話はあまり進まなかったが、ボラが多く会話をしていたので助かった。

会話の途中で、帰りは飛行機で帰りたいがBは船で帰るか?と言ったらBは本気で怒ってる様子だった。
「いつも一緒に行動するんでしょう?」
「いやいや、ジョークだよ」と言っても・・・。

その様子を見て彼女は笑っている。

彼女は水曜日が休日なので、ホテルに遊びにくるとのこと。
またその時に、牡蠣を買ってきて料理をすると言ってくれた。楽しみだ!

帰りは、彼女のバイクとセオム1台でホテルまで帰るが、夜は暗闇になるので恐いくらいの道だった。

ホテルに帰ってからBに彼女との会話の内容を聞く。
彼女は「私の収入は幾らか」と聞いたとのこと。(?)
また自分は毎日10時間働いてるが◯◯◯万ドンくらいの収入だと言っていたらしい。

HCMに家族と住んでいるのか?とも聞いたとのこと。

いきなり、何で私の収入を聞いたり自分の収入を言ったりするのかが不可思議だとBは言う。

私の収入を聞かれて「今は働いてないよ」と答えたらしいが、それをどう思ったのだろう?

彼女とBの会話は英語で行われてるが、B曰く「お互いに会話が通じてない部分がある。私の言うことが分かってない時がある。」

とにかくにも、彼女との対面はこうして実現したのです。


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え!そんなバカな。昨日約束したではないか。

11月10日(南の島三日目)
 今日は朝9時に一日だけ別のホテルに泊まるために、今のホテルをチエックアウトしなければならない。フロントに行く。

二日分の14ドル(213000ドン)を清算しようとすると、ホテルのオーナーのベトナム人女性は昨日約束した今後2週間宿泊する為に今日1泊だけ別のホテルに宿泊する件で、明日帰って来ても部屋は空いてない。二日後に帰ってきて。値段も10万ドンにしかならない。という。

え!そんなバカな。昨日約束したではないか。
と言っても、お客が予約したから・・・。などと勝手な理由を言うだけ。
こっちの約束はどうなるの!?


昨日はその場の雰囲気で9万ドンでOKしたけど、お客が多くなったので心変わりしたようだ。

これがベトナム人だ!
したたかだ。
約束など簡単に反故にされる。

これだと、二日後に帰ってきてと言われても、その時にまた「部屋が空いてない」と言われかねない。

このまま今日も宿泊したら継続して泊まることができるらしい。

仕方ない、昨夜予約したホテルをこれからキャンセルに行くことにした。

そのホテルに行く。


フロントの若者にBがキャンセルを言うと、
B曰く「顔が変わった」

キャンセル料を払ってほしいと言い出した。
昨夜そんな話しは聞いてないので払えないとBが言っても聞かない。
すったもんだのやり取りがあったが、オーナーが1時間後に来るから待てと言う。

そんな時間は無い、これから出かけるから預けたパスポートを返してとBはがんばる。
それでも若者は同じことを繰り返すので、それまで黙っていた私が同じ要求を言う。

やり取りの末、やっとパスポートは帰ってきた。
もちろんキャンセル料は払わない。
その後は、ビーチで思い切りのんびりとしました。


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2008年11月24日月曜日

会うしかない!/ある恋(yêu)の物語

 この物語の結末はどうなるのか?
実は彼にも分からないというのが本当のところだった。

偶然に出会い、立ち話だけで電話番号を教えられてメールと電話の交信が続き、一ヶ月もしたら「困ってるから金を送って」のメールが来た。

当然のごとくに金を送るのは拒否したが、彼には彼女の真意が計り知れなかった。

このブログを読んだ方からは、その女はお金が目的の悪い女だという反応が圧倒的だった。

彼も、これが他人の出来事だったら同じ様な反応だったろうが、悲しいかな自分のこととなると100%そう決めつけることは出来なかった。

そこで、彼の取った行動は彼女に会いに行くことだった。
彼の友人のBとRが一緒に行ってくれるという。
持つべきは友達だ。

会いに行くと決めてからは、最初から行動を一緒にしてくれるBの強い希望で費用は最低限でということで計画を立てた。

従って、南の島までは飛行機が便利なのだが費用を抑える為にバスと船で行く方法になった。

旅立つ前に、彼は彼女にメールで友達3人で会いに行くと知らせておいた。彼女からは「とても嬉しい!」と返信が来ていた。

ところが南の島に着いて、連絡をしようとしたらその直前に携帯電話を紛失してしまったのである。

幸いにも彼女の電話番号は別にメモしてあったので助かったが、他の多くの電話番号と今までのメールの交信記録を無くしてしまったのである。

ただ一緒に同行してくれた友人Bの携帯電話で彼女に電話及びメールで連絡をとることができて、一緒に同行してくれたBに彼は感謝するのであった。

当初、連絡をしたら彼女は翌日の夜7時頃に会いたいと言って来た。
そのつもりで彼はその日は予定したのだが、昼にBと一緒に市場に買い物に出かけたが費用を抑えるために歩くことになった。ホテルから市場まで歩いたら片道約50分の道程だった。

日中の暑い中を歩いた為と、26歳という若いBの行動に合わせた彼はさすがに疲れが出て、その日の約束は翌日に変更をしたのである。

それと良く考えると、夜の7時から会うとなると時間も制限されるので、その方が賢明だと考えたのである。

しかし、初っぱなから20代の若い行動力とはある程度距離を持って付き合わないと大変だと思い知らされた彼であった。

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南の島は雨だった/

[南の島] ブログ村キーワード

 ラックヤーからフーコック島(PQ)までは約3時間の船旅だった。
高速船は快適にPQに向かって海の上を走った。
着いたのは午後の4時頃だったろうか。
生憎、雨が降り出してきた。

セオムか、タクシーか?客呼び込みの声がするが無視して歩く。
しかし雨は強くなってくる。
一方で、昼飯を食べてないのでお腹は減ってフラフラだ。

桟橋から陸地に着いた所では、食堂らしき所も無さそうだ。
ミニバスのベトナム人が目的地のユードンの町まで一人5万ドンだと声をかけてきた。
Bが既に乗り込んでいる欧米人に確認すると間違いないらしいことが分かり乗り込む。


ミニバスには先にスエーデン人のカップルとドイツ人2人が乗っていた。Bが早速、情報収集の会話をする。

スエーデン人カップルは二ヶ月前に私が泊まった4星のホテルらしい。他のドイツ人はミニホテルらしい。
彼らにガイドブックを見せてもらい、載っているミニホテルで一番安い10ドルのホテルに案内するようにミニバスのベトナム人に言う。

最後に案内されたミニホテルは満室だということで、近くの他のホテルを案内された。



そのホテルはバンガロータイプで値段は、一部屋7ドルから12ドルまでだ。
早速、Bは一番安い部屋で我慢すると言い出す。(2人で)7ドルだ。(内心安い!と私は思う)

もう外は暗いし、今晩はここに泊まって明日ゆっくりと探そうということで決める。とりあえず宿が確保できてほっとする。

部屋を見ると、清潔そうな感じだった。


その後、直ぐにビーチへ行く。ホテルはビーチに面してはいないが、歩いて5分くらいでビーチに行ける。
もう暗いので、海に入るのは明日にして、とにかく食事をすることにする。
ビーチにレストランがあって、そこでまずはささやかな夕食をとる。

フーコック島名物のイカの煮た物と野菜炒めとライスを2人でいただく。
飲み物はココナッツジュースとビール也。

乾杯!
美味しい!! 


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ひたすらラックヤーそしてPQ

 朝、昨日のセオムが張り切ってホテルに現れたが、港に行くのは止めてラックヤーまでバスで行くことを伝える。
がっかりした様子だが仕方がない。(料金を下げると言い出したが、もう遅いよとつっぱねる。・・・昨日値段をボラなければ状況は変わったかもしれないが、君たちが値段をふっかけるからだよと内心思う。今だけ、儲かれば良いというベトナム根性の結果さ。)


バス停までセオムに乗るが、途中でラックヤー行きのバスに出会い、セオムがバスに伝えて乗る込むことができた。
この辺がベトナムのイージーなところで良い。
さー、一路ラックヤーまでゴー!

ハーテーンの地域情報、Bの韓国語のガイドブックからの情報だと、昔戦争時代には米軍の施設があった地域らしい。

その跡か、ベトナム軍の施設があるらしい地域で兵隊らしき姿を見かけた。今はベトナム軍の施設になっているのだろう。

カンボジアとの国境に近い地域なので軍事上は重要な地域なのだろうと想像する。


バスは猛スピードで左に運河を見ながらひたすらラックヤーまで走る。
この辺の景色はホーチミン市とは違い、メコン川デルタ地域独特の水路や緑と水の豊富さを感じさせる景色が延々と道路の両側に広がっているのである。


あらためてメコンデルタ地帯の豊かさを感じた。

Bは車中でひたすら寝ている。よく寝れるもんだと感心するが、若さの特権か。
こちとらは寝たくても寝れないよ!トホホ。
港町ラックヤーに着いたのは3時間後の昼前だった。
ハーテイーンよりも大きな町だ!が感想である。

「昨日、ここに泊まっていれば面白かったのに」はBの言葉。

バス停に着くと、例によってセオムが寄って来るので、無視して歩き出す。

途中、カフェに寄ってコーヒーを飲みながら、港までの道順を聞き出す。

子どもたちが居たので挨拶の日本語を教えてると面白がって受けた。この辺では日本人が来るのは珍しいかも知れない。
聞いた道順で港に向かってBと歩き出したのだが、地図も無い状況でおおざっぱな説明をもとに歩いたので、結果的には迷ってしまった。

途中で聞いても「あの辺だよ」ぐらいの案内しか無いので、困ってしまった。

病院をBが見つけて、英語で道を尋ねる。
何とか港へ行きたいことは伝わったようだ。

男性のベトナム人だったが、どうやら私たちを一人一人バイクで港まで乗せてくれるようだ。

しかし、それはBの英語力でも意思疎通がうまくいかず、結局セオムで行くことにしたが、その男性はセオムの料金交渉を半分の5000ドンに負けさせてくれたし港の船の切符売り場まで同行してくれたのである。若い親切な医師だった。感謝。

やっと、ラックヤーの港までたどり着いた。
PQまでの高速船の船代は25万ドンだった。

金にシビアなBは例によって「高い!」を連発しているが、「まー、まー」となだめる。

船旅は約3時間の、天気も良くて海は荒れてなく快適な旅だった。心は早、PQなり。



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ハーテイーンで一泊/南の島:旅編


 ハーテーンと言う町が何処かはっきりしないまま、泊まることになった。

分かったことは、本来行きたかったラックヤーまではバスでは3時間位かかるということ。
PQ行きの船がこの町の港から出てるが遠いということなどである。

結局、ハーテーンのホテルで一泊12万ドン(約850円)の部屋(ツインルーム)で泊まることになった。
今回同行しているB嬢は自分の旅の予算をとにかく安く押さえることに必死なので、男女が同室ということなんかよりも安いことが第一だということでそうなったのである。

もちろん、私には異論は無い。

ということで、旅の最初の一泊は26歳のB嬢と同室ということで始まったのである。

夜、なかなか寝付けないままに考えたのは、港までの12万ドンのセオム代は高すぎるということだ・・・。
当初の予定の港のラックヤーまではバスで3時間くらいだが料金は3万ドンらしい。

明日の朝に出たら、いくら遅くてもその日にはPQまで着くのだから、この際安いバスで行くべきではないか・・・。

朝、ホテルの前の市場へ出かける。
市場はどこも活気があるので面白い。




大きなナマズの様な魚を売っているが名前は分からない。
こちらではエイのようだが・・・。

部屋に帰ると起きたばかりのBにラックヤーまでバスで行くことを相談する。もちろんBは異論はない。

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2008年11月23日日曜日

ここは何処だ!?/南の島:旅編


 ただ今、土曜日の夜9時過ぎ。
今私はフーコック島(PQ)のロングビーチ沿いを少し入った所にあるホテル(と言ってもバンガロータイプの安いホテルだ)にいる。
ホーチミン(HCM)を金曜日の早朝5時20分のバスに乗って出発してやっとPQに着いたのが土曜日の夕方3時だった。
途中トラブルもあって到着するのが遅くなってしまった。



HCMからは南行きの長距離バスでラック ヤー(RA ̣CH GIA´)という港町へ行く予定だった。
バスセンターで聞いた時には11時には着くとのことだった。



バスは南に向かってひたすら走る。HCMを出てからは2ヶ月前に南に旅行した時の風景を想いだしながらうつらうつらしていた。
途中からは道路が工事中の所が何カ所も長く続いてデコボコ道路をバスはガタガタと走るのが続いた。
近いうちに立派な道路になるのだろうなどと同乗者Bと話す。

ところが11時を過ぎてもそれらしき所に着きそうも無い。
12時になっても着かない。
「11時に着くと言ったのは聞き間違いだったかな?」
「まさか11時間かかると言ったのではないだろう?」
などと自問自答、Bと話したりしていた。
「ま、ベトナムだから!」

バスは走り出してすぐにテレビの音響がメチャクチャに大きくて「ベトナムはこれだからな!カフェでも同じだ。ベトナム人の耳の構造は何か違うのか?これでは寝不足でも寝れやしないな。」
などと文句をいいながら、それでも早朝3時に起きたのでいつの間にかうつらうつらしていた。

バスは所々で乗客を乗せたり降ろしたりしながらも南に向かって走る。

しかし何時に着くのだろう。船の時間が午後の1時だったから間に合うかな?などと自問自答していた。

途中、何ヶ所かでバスセンターらしき所にバスは止まるのだが詳しい案内も無いので、そこが何処なのかも確認しないままに私たちは乗っていた。
どうせそのうちに着くだろう、船に乗れなければ明日の船に乗ればいいか、急ぐ旅でもないし・・・。
などとのんびりと構えていたのは大間違いだったと後になって分かる。

バスが終点らしき所に着いたのは3時頃だった。
「ラック ヤー?」と乗務員に聞くと何故か態度がおかしい。
「えー?」と同乗のBがチケットを見せると乗務員の顔色が変わった。
しかし、降りろと言うので降りる。

降りたら、セオム達数人に囲まれてしまった。
ここは「ラック ヤーか?」と聞くと「ハーテン」と何回聞いても返事が返ってくる。
え!何、ハーテン?
それはどこだ?ここは何処だ?

私たちはラック ヤーに行くのだ、そしてPQに行くのだと言うと「ここはハーテン」と言う。
事情の分からない私は状況を理解するのに時間がかかった。

持っていた地図でハーテンは何処だ?と聞いても誰も正確に言えない。というよりは船頭が多くて
いったい誰の言うことを聞いたら良いのか分からん。

Bは「こんな人たちの言うことを聞いてはだめです。信用できない。」と言ってどこかへ行ってしまった。

一人のセオムがラックヤーよりもカンボジアよりの地点を地図で指さしているが、その大まかな地図にはハーテンなどという地名は無い。

しかし、状況はようやく理解できた。

ラックヤーは通過していたのだ。

なんで!?などと言っても始まらない・・・。
とにかく通り過ぎて終点のハーテンという町に来たのだということが分かったのバスが着いてから1時間は経過していた。
もう4時過ぎになっていた。

ラックヤーに戻るとしても2~3時間かかるだろう、ハーテンからPQ行きの船は出ているらしいが
今日はもうないとのこと。

もうこの町に宿泊するしかないと判断したが、何処にホテルがあるかも分からない。
しかしあのセオムの連中に聞くのは何か信用できんとBが強く言うので、取りあえずホテルがありそうな方向に向かって歩き出す。

その後を、セオムの兄ちゃんが数人追っかけてくる。
煩いなと思いながらも、情報は欲しいので話しはしてみる。

ホテルまで1万ドンで案内する。ホテルは安い所で10万ドンぐらいだと言うので、とにかくそこまでセオムに乗ることにした。

セオムに乗ってものの数分でホテルに着く。内心1万ドンはボッタクリだ!と思う。
ホテルで値段交渉をすると、ツインの部屋で10万ドンからだとのこと。
部屋を見てからということでツインの部屋を見ると悪くは無いが12万ドンだという。
10万ドンの部屋はダブルベッドで部屋も窓が無くてカビ臭い部屋だった。

Bと相談の結果、できるだけ費用を抑える為にツインの部屋にしようと決める。

セオムの話しではハーテインの港に行くにはセオム代が12万ドンだと言う。高い!マックワ!



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南の島に行っていました





 2週間ほど南の島へ行って来ました。
このブログを約2週間更新しなかったので、友人から心配してメールをいただいたりしてましたが、ネット環境が悪くてメールもネットもできない2週間でした。
ご心配かけましたが、元気です。
ご心配いただきありがとうございます。

急に南の島へ行った経緯は次回から報告しようと思いますが
取りあえず元気にHCMに昨夜帰りました。

HCMは人やバイクが多い。騒音も多い。活気はある。
しかしうるさい。


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2008年11月5日水曜日

ダイヤを探すより/ある恋(yêu)の物語

 「金送れ」のメールが来てから、彼と仲良しクラスメイトの2人が会うのは初めての月曜日の放課後、いつもの大学内の中庭で3人は話していた。

開口一番Rは「ほらね!言った通りでしょう。お金だったでしょう。」

Bは「送らないで良かったですよね。でも本当に困っていたかも知れませんね。」

彼は「仮に本当だとしても、そんなに急いで送れと言うか?もしそうだとしても、会社は給料から引けばよいだろう。
ま、ここはベトナム、日本の常識は通用しないのは分かるけど・・・。」
「本当の愛はこの国では難しいか?」

R:「この国で本当の愛を探すのはダイヤモンドを探すよりも難しい・・・。」

「・・・・・・・」


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金送ってはダメです!/ある恋(yêu)の物語

 朝の長いメール文を彼はベトナム語のクラスメイトのRにも転送して、翻訳を頼もうとしたが電話は繋がらなかった。

もう一人のクラスメイトのBにはメールの返信をしてから、電話して事情を話した。

「絶対に金送ってはダメですよ!」
「私は考えられません。私はどんなに困っても男に頼みません。」「Rに言ったら、怒りますよ!!」

大丈夫だよ、送らないよ。ま、ここはベトナムだからね。

Rは「大丈夫ですか?」と言う。

何が?

「あまり考え込まないでください。」

うーん、大丈夫だよ。このぐらいで・・・。ありがとう。

Rは心配してくれている。持つべきは友人だ。


夜、朝に翻訳を頼んだベトナム人の友人は「ベトナムの小売りの現場では商品が万引きなどで無くなったら販売員の責任になります。」と彼に言う。

彼は、「信じられない。日本ではあり得ないことだ。」

友人は「ベトナムは働く人は幾らでもいますから・・・。」

うーんと彼は唸るしかなかった。
ふと、本当に困っているのだとしたら・・・という思いが頭をよぎるのであった。

一方で、”金の切れ目が縁の切れ目”という古い諺が脳裏に浮かんで消えた。

「金は送りません」のメールにどう向こうは反応するだろうと彼は気になっていた。

夕方メールが来た。
Không sao.Em cam ơn anh quan trong tinh cam la trên hêt.
Chuc sưc khoe.


最初と最後は少し分かる、「気にしないで」「お元気で」
のような意味だろう。

あれだけ朝方何回も電話をしてきていたのに?気にしないでか。

お元気で、というのはお金が手に入らないならバイバイ!という意味かな?あり得るな。

などと彼は想像していた。それ以上の内容は彼には解読できないし、辞書を引くこともしなかった。(そのうちに分かるからと思うのであった)

その翌日に、ベトナム人の友人に翻訳を頼むと「大丈夫です。お金よりも気持ちが大切ですから。お元気で。」

のような意味らしいと言う。

その友人は「いい人ではないですか」と言う。

彼は、「うーん」と唸るしかなかった。












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お金送って!/ある恋(yêu)の物語

Em buồi vì lam mât hang cua công.
Bây giờ không đu tiền đen cho công ty anh có cach nao giup em không.

「私は悲しい・・・」とのメールの翌日に、上記のメール文が来た。

しかし、彼には内容は理解不能。
辞書を引いても完全には分からない。
想像するに会社で金がらみでトラブル発生らしいが・・・。

しかもこちら家族構成などの質問にはノーコメントだ。


もう、週末(金曜日)になっていた。
その夜、またメールが来た。

Anh có thê goi cho em mô it tiên đươc không .
Goi qua tai khoan.

貴男は私にお金を少しくれることができるか。
そしてtai khoanは口座と辞書にある。!!????

えー、お金が欲しいの?!  何で?

突然に!!

彼の頭は混乱するばかりだった。


その翌朝早くまたメールが来た。
Anh nhăn bang tiêng viêt em k hiêu la bao nhiêu .sô tai khoan cua em la .(口座番号の数字)dola sô tai khoan cua em.

朝の眠気眼で見てるのでますます理解不能だが、どうも銀行口座らしい数字もある??

「金送れ」ではないか。!!!???

えー!!!????

メールで早朝に起こされて、見たらこれだ!

メールを解読しているうちに電話が入った。相手を見ると彼女だ。
もう、電話は出なかった。2回、3回と電話はかかってきたが出ないことにした。

出ても彼の会話能力では難しいし内容は想像できる。
金送れだ!!

彼は、どうするか考えた。

そうだ、この宿のベトナム人の友人に相談するしか無い。
最近、疎遠になっていたが事は急を要する。

時間は朝の8時過ぎになっていた。
スカイプで友人を呼び出して事情を話し、携帯でメール文を転送する。

しばらくして翻訳してくれた。

「会社の商品を無くしましたので、寂しいです。今私は会社に弁償しないといけないけど、お金が足りませんので、何とか助けてもらえますか。あなたは私に少しお金を送ってくれる?口座番号で送る」
「あなたのベトナム語のメッセージはあまり分かりません。私の口座番号は。。。」

今までのメール内容はほぼ理解できたが・・・。
結局、金送れ!だよ。

その友人からは、
「そんなにお金のことばかり言う人はあまり信用できないひとです。」

「彼女は本当に困っているかもしれませんが、
十分きをつけて下さいね!」

その通りだなと彼も思う。
即座に彼は次の文を書いて翻訳を頼む。


「私はベトナム語がまだ少ししかできないので貴女のメールの内容は分かりませんでした。今日、友人に翻訳してもらい分かりました。

貴女が困ってることは分かりました。
できれば助けてあげたいのですが、まだ私は貴女のことをほとんど知りません。

ですから、お金を送ることはできません。

私は今後もっとベトナム語を勉強して、貴女と話すことができるようになりたいです。」

翻訳文をメールで送ったら朝の10時を過ぎていた。
彼は空腹を満たす為にカフェに行った。

カフェダー コムドン(ブラックのアイスコーヒー)がすき腹にしみた。

日本では「振り込め詐欺事件」が多発しているとニュースになっていたことが彼の頭の中をよぎった。




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2008年11月4日火曜日

私はとても悲しい!/ある恋(yêu)の物語

 メール文通は順調に進んでるように思えた。

彼はベトナム語の学習をしている大学の中庭で、放課後にクラスメイトの友人と会話をしていた。

そこにタイミング良く、メールが来た。

Nhưng điều kiện kinh tê có cho phep không.
Hôm này em buồn lăm vì đông nghiêp cua em không  tốt vơi em.

しかし、内容が分からない。

そこで、ベトナム語の話せるクラスメイトRにベトナム人大学生に翻訳を頼んで訳してもらった。

それによると、前文はよく意味が分からないが、後の文は「私は会社の同僚にいじめられて悲しい」というような意味だとのことだった。

うーん、突然に「私は悲しい!」と言って来る!?
どこかで聞いた様な気がするな・・・。

私の記憶では、ベトナム人女性と付き合うとそういう言動が出て来る!?とどこかで聞いた様な?
ネットで見た様な気がする。

これは私の心の中に生じた波紋だった・・・。

彼は友人たちと心に生じている素朴な疑問について話していた。

「彼女に電話すると、子どもの声が聞こえる!」

:それは、ベトナム人家族はみんな一緒に住んでるから、あるでしょう。

うーん???

「しかし、家族について聞いても返事がないよ!」

じゃあ、また聞いたら!

ということで、その場で「何で悲しいのですか、具体的に教えて。それと家族は何人ですか?」とベトナム人大学生に返信してもらったのである。

しかし、彼には何で突然に悲しいとメールして来たのか、本当に会社で何か起こったのか?
不可思議でならなかった。







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サイゴンには綺麗な女性が多いでしょう?/ある恋(yêu)の物語

Vây phu nư nào đẹp anh đêu thịch hêt.sao

綺麗な女性は全部好きですか?

Vì ở sài gòn có rat nhiều con gai dẹp.

サイゴンには綺麗な女の子は多いでしょう。

上記のベトナム語は携帯メール文なので簡略化してる単語もある。訳もベトナム語初心者なので確かではないが大体こんな意味だろうと考えた。

しかし、こんな内容にどう返事したら良いか彼はとまどっていた。

最初の文は無視をすることにした。

次の文も返事に困るが、無視もいかんだろうと考えて次のような返事を書いた。

「サイゴンは空気は悪いし喧しい所です。私は貴女が住んでいるような静かな所が好きです。」


そしたら、「何処が好きですか?何処に旅行したいですか?」というような内容のメールがきた。

彼は、ダラットやホイアン、フエ、ハノイやサパなどと返信した。

このようなメール交換は順調に行ってるように思えた。




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2008年11月3日月曜日

今月は行けません!/ある恋(yêu)の物語

 友人たちの「今月行くのは早すぎるよ。」というアドバイスがあったその夜に彼はベトナム語辞典を片手にベトナム語のメールを必死に打ち込んでいた。

「私はあなたにとても会いたいです」
「しかし、私はベトナム語が少ししか話せません。」
「今、ベトナム語の勉強中です。その勉強が休みになるのは来月末です。」
「だから、あなたに会いに行くのは来月末にしようと思います。」

という内容を必死にベトナム語で書いていた。
一時間はかかったのではないだろうか。

そして送信した。


送信した後、彼は彼女がどういう反応を示すのか気になって仕方なかった。

でも、その日には返信はなかった。

翌日、「Em cung vậy」と返信があった。

彼のベトナム語力では「私も同じ」ぐらいの意味にしか理解できないが、拒否反応ではないことにほっとしていた。


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愛の力ね!/ある恋(yêu)の物語

 彼がベトナム語を勉強している大学には図書館があって学生証のチエックで出入りできる。
冷房があるので暑い昼間は学習するには快適な場所だ。

それまで彼は朝方の授業が終ると大学を後にして買い物などをして帰宅して昼食後は昼寝をするというパターンであった。

しかし、図書館の利用を友人から教えてもらってから、その図書館で夕方まで辞書を片手に予習や復習を行うことが多くなった。

宿に帰っても、冷房がないし宿の部屋は二階なので屋根が焼けて暑いので勉強する気分になれないのであった。

そういう彼の姿を、彼の学習友達で事情を知っている友人は「愛の力ね!」とからかうのであった。

友人には、急に頑張りだしたと見えたのである。

彼は、宿に居ても暑いし、学内に居る方が良いからと言うのだが、若い友人二人はけらけらと笑いながら「急に勉強しだした、愛の力ね!」と言い張るのである。


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「いつ来るの?」/ある恋(yêu)の物語

 厳しい内容のメールが来てから一週間が経過した。
その間、彼は連絡したくても電話では進歩がないし、メールも何を書いてよいか迷っていた。

また、「あなたが信じられない」という内容には少々参っていた。
内心、「信じろ!」というのも無理があるだろう。
彼女が言うように、一回しか会ってないのだから。

しかし、何回会ってもいや何十回会っても信じれないこともあるだろうなどと思ったり、彼の心は乱れるばかりだった。

そして10日後にメールが来た。

Haw au today? (携帯なので文が省略してある)

その翌日は
Im not angry . I want to see u・・・。

早速、返信したのはもちろんだ。

それから何回かメールのやり取りがあって、

「いつ、来るの?」

「今月中に行こうと考えている」
となっていった。


この間の経過をベトナム語学習の友人に話すと「えー、早いよ!まだベトナム語で会話も進まないの。今のクラスの授業が終ってからにしたら。そしたら、私が付いて行ってあげるよ!」と優しい声が返ってきた。
ベトナム語が話せる彼女が一緒に行ってくれたら心強いけど・・・。(しかし女性だしな・・・)

冷静に考えても、今行ったところで充分な会話ができる訳ではないことは分かっている。
それよりも後一月半ベトナム語をしっかりと勉強して、少しでも上達してからの方が良いのかもしれない。
焦っても仕方ないか。と彼は思うのであったが・・・。


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2008年11月2日日曜日

えー、うそ!騙されてる?!/ある恋(yêu)の物語

 彼は親しくしている友人に、今までの経緯を話したのは出会ってから2週間は経っていただろうか。

毎日ベトナム語の学習で会う友人なので、日頃からお互いに私的なこともかなり話してる仲だが、さすがにすぐには話せなかった。

その友人の一人の韓国人女性に、大学の中庭で彼は話し始めた。
彼の、「歳の差も大きいし・・・」と言う言葉に、その友人は「ピカソを知っているでしょう。彼は死にましたが、その一年前に10代の女性と結婚しました。その10代の奥さんはピカソの死後、自殺しました。本当に愛していたのですね。」

「がんばってください。応援します。」という言葉に、彼は勇気をもらったのを感じた。

彼にはもう一人友人の女性がいた。まだ10代後半だがベトナム人と日本人のハーフでベトナム語が話せる。

その彼女に話した時の反応は「えー!うそー?!騙されてるよ!初めてあって簡単に電話番号を教えるなんて。そういう風に、誰にでも教えてるでしょう?」「うわー、恋してるの?」

内心、私も電話番号はすぐ聞くけどな・・・と思ったのだが。
ま、今回はこっちから聞いてないけど。どっちでも一緒か。


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貴女の声を聞きたい!/ある恋(yêu)の物語

「貴女の声を聞きたい。」とメールしたその夕方に彼は二回目の電話をした。

今度も会話というよりは、単語を連発していると言った方が良いだろう。

彼は旅の指さし会話帳に載っている単語を発話しているのだが、調子にのって「Anh yêu em」も言っていた・・・。
「あなたが好きです」

電話の向こうでは、子どもの声が聞こえている・・・。
どんな家族構成だろう?

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一回会ったばかりなのに!/ある恋(yêu)の物語

 会話にならない電話をした翌日に長いメールが届いた。

Em không tin anh. Mới gặp em có một lần sau lại nhớ nhiều .
Anh có thật lòng với em  không.

彼のベトナム語力では理解できない内容だが、それでも必死に辞書とにらめっこで内容を考える。

tin:信ずる、Mới gặp:会ったばかり、một lần;一回、thật lòng:真実、

「私は貴男を信じられない。」

「一回会ったばかりなのに・・・」

「本当ですか?」


大体このような内容か?誤訳もあるだろうが。
彼は、痛いところをつかれた思い、いや頭を後ろから一発殴られたような気持ちだった。

にわか覚えの単語を連発するのではなかった!
と一瞬彼の心に後悔が走った。

そりゃ、そうだよ!彼もちょっと立ち話をしただけだから、彼女のことなど何も分かっていないのだから・・・。

どうしたもんかと、彼は思いなやんだ末、

「貴女の言う通りです。
まだ私たちは一回しか会っていません。私は貴女のことを殆ど知りません。言葉も多くは通じません。もし、誤解を与えたらごめんなさい。私はもっと貴女のことを多く知りたいです。夜遅くごめんなさい。おやすみなさい。」

以上のメールの内容を、彼が英文に翻訳してメールしたのは夜中の11時を過ぎていた。(ベトナム語では翻訳もできないので)

送信して、「もう、これで終わりかな?」と思った。


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もう一度会いたい!/ある恋(yêu)の物語

 電話をしてから翌日初めてメールが携帯電話に届いた。

I hope to see u at P Q again.

私も会いたいよ!

と返信したのはもちろんであるが、初めてのメールに感激しているのであった。

その翌日は、

What ar u doing.

が来たので

Tôi dang hoc tiêng Viêt.

と返信した。

他愛もない内容だが、彼は10代のころに文通を始めたような気分であった。

慣れないベトナム語でメールするには時間がかかったが、それもまた楽しく感じるのである。



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2008年11月1日土曜日

「星の数ほど・・」は大きな勘違い/ある恋(yêu)の物語

 いくら辞書を引いても分からない、メモに書かれたLần sao gặp lại.のLần saoをの意味をベトナム人に聞いた。

ベトナム人の友人曰くsaoはsauの間違いではないか?

Lần saoとは言わない。Lần sauで「次回、あとで」の意味になる。

Lần sau gặp lại. でHẹn gặp lại.と同じ意味になる。
次回会いましょう。また会いましょう。
である。

なーんだ、星の数ほどなどと妄想が大きくなっていた男の気持ちは急に萎んでいった。 ただの挨拶言葉か?!

でも、もう一度会いたいと電話番号も書いてくれたのだから・・・、懲りない男の妄想はまた勝手に膨らんでいくのである。

(メモは何回見てもsaoになっていた)

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